■会話
ザルマタの話をしたい。
彼は嘘つきで、いつも僕のことを悪く言った。その彼が死んだというので、僕は少し寂しくなった。幽霊になって会いに来られては最悪だからだ。僕は幽霊が嫌いだし、ザルマタが嫌いだからだ。
ザルマタの死因は自殺であった。遺書はなかったが、彼は以前から精神病だとかなんだとかということで、それは妥当なことだと警察に処理されたのであった。
――精神病?
僕はそんなもの信じなかった。人間というものの中身に何が詰まっているのかといえばきっと明るい希望の光りだけなのだ。だから恐怖するし、不安になる。希望の光りが奪われそうで。でも実際僕という人間の希望を奪うのは肉体的な痛みのみである。それは彼も同じことであるはずだ。だから精神? それが傷つくことなどない。
しかし、ここにきて希望とはなんなのであろうとも思う僕もいる。そして、何が怖いのだろうか。僕は考えはじめると、いつも最後にはその疑問の壁にぶつかるんだ。
その点、幼馴染のマキは死ぬのを怖がっているみたいだ。彼女はまだ十六歳なのに。へんに賢くなったせいでそのぶん生きにくくなることがあるのだと僕の先生は言っていたのだけれど、たしかに彼女はよく勉強ができた。僕よりひとつ学年が下のくせにもう微積分も理解している。
マキはザルマタの死について、おもしろいことを言っていた。
「死んでしまえば、もう苦しまないですむ」と。そのとおりだ。肉体的苦痛から開放されたあとの魂に、もう恐怖すべきものなどなにもないのだ。
それならなぜ僕は生きているのであろうかと、生を選択しているのであろうかと考えたけれど、それは肉体的快楽をより感じるためだと悟った。恐怖さえなければ、この世は住み心地がいい。
ザルマタが死んだ日、僕はザルマタの家にいた。僕は新聞配達のアルバイトをしていて、ちょうどその時ザルマタの家に夕刊を届けに行ったら、彼の母親に茶を勧められたのである。それで僕は居間のソファに腰を下ろして、彼の母親が二階に彼を呼びに行くのを待っていた。するとしばらくして母親が血相をかえて降りてきた。ザルマタが首をつっていたのだという。
彼女がどこかに電話している間に僕が二階に上がっていって見ると、彼はネクタイをドアノブのところに引っ掛けているようであった。あわれなザルマタ。
そのまま彼は死んだ。
ザルマタが僕に会いにきたのは、彼の葬儀が終わってずっと後のことであった。僕は学年がひとつ上がって高校三年生で、マキは高校二年生。彼女は不登校になっていた。
僕はそう、学校の近くのコンビニでコカコーラを買って飲んでいた。アイツはその前をふわふわと飛んで、通り過ぎていったのだ。それで僕はコーラをふきだして、となりでパピコを咥えていた二人組みの女子高生におもっきしかかった。彼女たちにあやまった後に辺りを見渡してみたけどザルマタの姿はもう見えなかった。やはりやつは僕を脅かすつもりナノダ。僕はコーラを投げ飛ばしてそそくさと走り去った。
幽霊のことを話すと、マキはおかしそうに笑った。先生はウンウンいってちゃんと聞いてくれたのに、マキは僕の話を聴いてくれない。というか、その頃のマキは幽霊のことでなくてもぜんぜん僕の話を聞いてくれなかった。部屋にこもって、食事もろくにとらないというのだ。笑い声はよく聴こえたが……。
そのころのマキは兄のヤスと二人で暮らしていた。小さい頃に両親が離婚して、しかも二人とも子供に愛情なんて持っていなくて、彼らは捨てられたのであった。ヤスはマキの放心にうんざりして、あるとき言った。
「あいつは俺の苦労なんてまったく気にしてねえんだ」
数ヵ月後、ヤスは家を出て行った。マキを心配した僕の母はマキを家に居候させ、僕の部屋はマキに乗っ取られた。そんなわけで、今僕はこんな庭はずれのプレハブで生活しているわけだ。
とんだとばっちりだよ。
ほら、ここから僕の部屋が見える。気がついた? 一日中、電気がついてないんだ。マキのヤツ、僕の部屋に鍵をかけて、がりがりにやせ細ったままあそこで朝から晩まで寝ていやがるのさ。
ここは蚊が多く入ってくる。そのせいで、毎朝寝覚めは悪い。見てくれ、この背中を、この腕を。ぶつぶつぶつぶつ。恐怖だ。
******
マキのことについて、もっと知りたいだろう。僕は知っている。君はマキのことが好きなんだろう? それでマキを心配して、マキがここにいると知ってやってきたのだ。隠すことはない。
だが、肉体的なことを率直にいうと、彼女はとても健全だといえない。目を向けるべきはほかにあるだろう。
マキとは昔はよく遊んだ。ザルマタともだ。僕たちは幼馴染で、マキだけ一つ年下で、僕とザルマタは彼女を妹みたいに思って可愛がった。ザルマタが先頭で、マキが真ん中。そして僕が一番後ろ。三人は列になって、よく街外れの森で冒険して遊んだ。
君はあの森に行ったことがあるのかな。あの森はずっと奥にすすんでいくと貯水池と電圧を管理する寂れた施設があって、その少し開けた土地はやけに風情があって僕は好きだ。池にはおたまじゃくしがたくさん泳いでいた。うじゃうじゃうじゃうじゃ。僕たちはそこで細い竹とハリガネをつかって釣竿を作り、釣りをして遊んだ。
そんで、人が釣れたのだ。正確には人の手がね。
もう時効になった連続殺人事件があって、その被害者の一人が貯水池の底から浚われた。そのときからマキは死にたいして興味を持ちはじめ、そして恐怖を知った。知るとはどういうことであろう。君はどう思うね?
暑いせいか、なかなか考えがまとまらなくなってきたな。蚊取り線香も残りがないし、ちょっとコンビニにでも行こうかね?
マキの特技はけん玉だ。苦手なものはピーマン。それ以外に彼女の特徴なんてなにがあるだろう。彼女は彼女たるためになんの意義も持ち合わせていないように思う。だから僕は彼女が好きだ。人としてね。
あと、彼女は日記をつけていたらしい。僕たちの冒険についてだ。
あの森にはほかにも面白い場所がある。貯水池からさらに奥の方に進んでいって、起伏の激しい崖みたいな斜面を下ってゆく。それから落葉と潅木で足場の見えない道をひたすら歩いてゆくと、子供の背丈ぐらいの大きさの穴がある。洞窟だ。僕たちはそこを改装して、秘密基地を作った。
ザルマタは蝋燭を持ってきた。マキはライターを。そして僕は父の愛蔵する絵本を持って、そこに集った。ならした地面に蝋燭を立てて、円陣を作った。それから三人で三角形の頂点を示すような形で座って祈りの呪文を唱えた。
それはいつか見た深夜放送のオカルト映画を真似したものだった。僕たちは毎日それを続けた。マキは永遠に歳をとらないように祈った。ザルマタはゲームソフトが欲しいと。僕は、痛いのは嫌だと。
でも、それもそう長くは続かなかった。殺人事件のことで無名のジャーナリストが森を訪れて、僕たちの儀式も覗かれたんだ。彼は僕たちの儀式を暴き、それで僕たちは先生の世話にかかることになった。
僕たちのことが、この本に描かれている。そのジャーナリストが書いたのだ。事件についてのノンフィクション小説。その中にすこしだけ、僕たちの儀式について描かれている。
そのせいで僕たちにはほかに友達ができなかった。僕たちはただ、映画の真似をしたごっこ遊びをしていただけなのに。それが世間一般には恐ろしいことであったらしい。それになにより、人目を忍ばなければならない。狭い街だからね、悪評が吹聴されて、だれもかれもが僕たちのことを知っている気になっている。
僕にもマキにもザルマタにも君にも言えることだが、僕らは誰だって唯一無二で、他人のことなんてわからないのだ。僕にはマキの恐怖の理由がわからないし、ザルマタが死んだ理由もわからない。殺人をする人間の気持ちもわからないし、殺された人間の気持ちもわからない。今、君の考えていることももちろんだがわからない。
こんなところにいたくない? ああ、マキのようすを見に行きたいのか。
それじゃあ行こう。きっと眠っているだろうけど。
[2回]
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