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【小説】不気味な人びとの会話


◆夢

 その頃、真夜中に突然目覚めることがよくあった。悪夢を見たんだ。恐ろしい夢を見て、なにか箍が外れてしまったみたいに、ぶつんと夢から醒めるんだよ。

 ーーいや、それはきっと、きみが思っているような夢ではなかったよ。現実の感覚と夢の感覚とでは、なにかが違っているだろう。怖いものに追いかけられたり、なにか苦痛に晒されたりするような、そういう夢ではないんだ。

 その頃の夢に出てきたのは、魚だった。血まみれの魚だ。血、というとたしかにすこし……穏やかではないけれどね。でも、僕はむしろ夢のなかで歓びに満ちていたんだよ。その一瞬を、至福のときだとすら感じていた。

 僕は或る深緑色の沼沢地のような水辺にいて、長くしなった釣竿でそいつを釣り上げるんだ。鰓からねっとりとした鮮血を、尾のほうまでだらだらと流している水晶色の魚……やったぞ大物だ、たまらない、たまらない!

 そしてそこで、すっと目覚める。

 飛び起きるようなことは一度もなかったけれど、僕はそのたび、血の気が引くのをはっきりと感じて、冷静にこう思った。

 ーーいったいなんて、恐ろしい夢なんだ。

◆貴婦人、あるいはタルパ

 

 ふと、誰かが藪の中から見ているんじゃないかという気がして、彼はしばらくのあいだ、息を止めて身じろぎもしなかった。夜の川辺だった。彼は葦の陰に身をかがめた。虫と蛙の鳴き声しか聴こえないーー彼の手元の石の上には、ずっしりとした黒い袋がいくつか置かれていた。

 暗闇のなかで、彼は或る有名な少女についての話を思い出していた。第二次世界大戦時、ナチスドイツの強制労働施設に投獄された兵士たちが、房での暮らしにあたって、全員で共有する架空の少女を創作したという話だった。

 架空の少女には彼女専用の席が与えられ、兵士たちはいつ殺されてもおかしくない極限状態のなか、ただその少女がいるのだと強く信じつづけることで、人としての礼節を失わず、致命的な仲間内の争いを避けることができたのだという。

 ーー架空の少女の話は、それ自体小説を脚色した架空の話にすぎなかったが、彼はなぜか、その話を全面的に信じ、肯定したかった。

 彼はうすく濡れた袋の綴じ口を強く握った。

 袋はビニール製で、六つある。一人の人間を頭部、胸部、腹部、腰部、両腕、両脚のそれぞれに分割し、思いつくままに除菌薬や保冷剤を入れて腐臭を閉じ込めようとした。

 巧くやれたのかはわからない。袋はまだ臭う気がした。彼にはそれが本当に存在する匂いなのか深く無意識に染みついた匂いなのか、もはや区別することができなかったし、区別することを諦めてもいた。

 いつごろはじまったことなのかはわからない。はっきりとした乖離の感覚が、断続的に彼を捉えていた。

 夜の川も電柱の灯火に照らされるアスファルトも、ジオラマや舞台装置かなにかであるかのように、彼には現実感を欠いて見えた。

 彼は舞台に描かれた一点の黒い染みだった。

 おれは誰かの妄想の産物なのかもしれない、と彼は思った。

 あるいは、おれの妄想の産物が、かつておれのものだった人生を今そいつ自身のものとして生きていて、おれはこのまま少しずつ消えてゆこうとしているのかもしれない。

 彼は葦の茂みに目を凝らした。誰かが自分を迎えに来たのではないかという決して起こりえないであろう欲望への予感が、彼を久しくわくわくさせていた。馬鹿げたことだった。それはきっと、今までで一番馬鹿げたことにちがいない。しかし、と彼は思った。あるいは、実際に声に出していたのかもしれなかった。

 ーーしかし、もしおれの妄想の産物がおれを離れ、どこか遠くで完璧な人生を送っていたのなら……いや、ちがう。ただのひとときでかまわない。ただのひとときでも、生まれてきて良かったと閃いていてくれたのなら、おれはもうただそれだけで、これまでも、そしてこれからも、苦痛以外のなにものもこの手に掴むことができなかったのだとしても、あらゆるものが黄金のように輝いて見えるにちがいない……。

 どれだけの時間そこにそうしてかがんでいたのかはわからない。それはほんの数秒のことであったようにも感じられたし、永遠のことであったようにも感じられた。

 彼はやがて暗闇から身を起こすと、ずしりとした袋をひとつ持ち上げ、それを川の中州に向かって放り投げた。袋にはまた、うまく水底に沈むよういくらかの煉瓦が詰めてあった。

 二つ、三つと、彼は袋を投げ込んでいった。

 水面を打つ音が夜陰に響いた。

◆街

 歩かないか、と僕は言った。

 部屋は暑く、湿気が酷かった。僕たちは裸電球の明かりをつけたままにして、息苦しい部屋を出た。

 家のすぐ前には道を一本挟んで田圃が広がっている。田圃にはもう水が張られていたが、稲はまだ植っていなかった。生温い風のなかに草と泥の匂いが混じり、光をたたえた水がときどきぬらりとうごいた。

 だだっ広い夜の田園風景は手前から奥のほうまでしばらくつづいており、空と地とのあいだでは、街が一本の光の線になっていた。

 川をさかのぼったことはあるかい、と僕は訊いた。それは突然思いついたことだった。

 じつを言うと、僕は川をさかのぼっていったことはないし、海のほうまで下っていったこともないんだ。この街に生まれてもう二〇年以上経つっていうのに、僕はこの街のことを、極々限られた範囲でしか理解していないんだよ。

 いや、実際にはその限定された範囲だって、少しずつ廃墟のようにくずれ去りつつあるのにちがいない。

 何度も通って、他の誰よりも詳しいはずの路……塀の疵や水垢の跡、植木鉢の中で枯れてゆく鮮やかな花、ガラス戸の冷ややかな色合いーーそんなものをふと思い出そうとしてみても、僕の記憶は散逸して、はっきりとした像を結ばない。ここにあるのは断片的な街だ。

 断片的な街、断片的な川、断片的なぼくたち、断片的な会話……。

◆創造者たち

 気がついたときには、いつも皆変わってしまっているんだ。昔馴染みの連中も、つい数年前に知り合ったばかりの連中も、気がつくと皆最初のころとは別人のようになっていて、僕はもう、どんなふうに声をかけたら良いのかわからないんだよ。

 死んだやつもいるし、引きこもっているやつもいるし、それなりに幸福になったやつもいる。ただ、なんにせよ、時々彼らを訪ねて行っても、そこで見つけられるのは、過ぎていった時間のことばかりなんだ。

 もちろん、僕は恵まれていると思う。ずっと一人ぼっちだった気がするけれど、でも、思い返してみると、こうして君のように、なぜだか僕を気にかけてくれる人間が、ときどきはいてくれたんだ。寂しいんじゃない。ただ、苦みのようなものを感じることがあるだけさ。

 意味や意義なんていうものは、あってもなくてもかまわないんだ。

◆僕の想像

 きみは本当に存在するのかな、と彼は言い、空に目を向けた。星がよく見える夜だった。

 あれだって死んだ星の光にすぎないのかもしれない、と彼は笑った。

「死んだ星の最後の光が、今夜この街の頭上でこの街のかがやきと干渉し合って、僕たちの薄氷のような網膜の表面できらりと像を結ぶーー死者と生者の交信だよ」

 彼は歩きつづけた。

 曖昧な足取りで田圃の傍道を歩き、畦道を渡り、荒れた売地を抜け、やがて街を二つに分断する大きな河川の川辺まで来て立ち止まった。川辺は暗く、ほど高い葦の茂みの一塊がときどき人のように見えたかと思うと、ゆるい風に吹かれてはばらばらとその影を散らしていった。

 川の向こうは工業地域だ、と彼は言った。

 そこには菓子パン工場があり、繊維工場があり、採石場や土木の加工施設がある。でも、僕はどの建物の外観もよく憶えていない。いろんな施設が僕のなかでは一緒くたになっていて、そこでは石のなかからパンが生まれるし、編み込まれた繊維が建材に変わる。

 実際、ずっと遠くから鳥のように街を見下ろせば、そういう馬鹿げた認識もあながち馬鹿にはできないのかもしれないよ。

「ーーその街には川があって、田圃があって、高架がある。そこではパンやナイロンが泡のように生まれては消え、死んだ星々の光線を浴びながら、不気味な人びとが会話している」

 彼はまたしずかに笑った。

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【2025/11/01 19:29 】 | 小説 | 有り難いご意見(0)
【ゲーム】F三号室
http://blog.cnobi.jp/v1/blog/user/3d62989f756dd16cc02641551e174ac6/1475648553短篇新作です。ダウンロードはこちらから↓
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※無断転載、無断商用利用は禁止です。
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【2016/10/05 15:26 】 | ゲーム | 有り難いご意見(0)
【ゲーム】死者出立
http://blog.cnobi.jp/v1/blog/user/3d62989f756dd16cc02641551e174ac6/1417931349【「あなたは平気ですか」「なにがです?」「生きることです」】

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【2014/12/07 14:56 】 | ゲーム | 有り難いご意見(0)
【その他】No One Is Here.

 ウオーン、ウオーン。と書くと、犬や猫のような動物が鳴いているようにも、人が泣いているようにも思える。一切が見えない暗闇のなかで、たとえばなにかが上記のような泣き声を上げていて、それが人か動物かわからない。が、なにか悲しみだけはたしかにあるという気がする。そのときそれを聴いている自分というのもまた、暗闇のなかでまったく知覚のみしかない自分であるような気になって、そもそも真実とはただこれのことのみなのではないか、と漠然と不思議な言葉で思ってみる。

 すこしまえに「ループ」(原題:SALVAGE)という映画があって、その映画は、ある少女を殺した犯人が死後の世界(?)でその少女になって何度も自分が殺されるという(つまり、自分が殺した少女自身になって自分のしでかした犯罪を体験するという)反復されつづける地獄を描いたものであった。これは結局、だれが罰を受けているのかよくわからない。観客は犯人が少女自身になってるのだと気づくのだけど、少女(になっている犯人)は自分が本当はその少女ではないのだということに気づかないので、そこにはただ耐え難い殺人の反復に曝される感情だけがある。

 いまこうして書いたり考えたりしている自分というのも、本当はいつかのだれかの記憶をなぞっているだけなのでないとも言いきれない。
 嗚呼、こんなこと考えている人め。

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【2014/09/03 15:23 】 | その他 | 有り難いご意見(0)
【小説】部屋

■会話

 ザルマタの話をしたい。
 彼は嘘つきで、いつも僕のことを悪く言った。その彼が死んだというので、僕は少し寂しくなった。幽霊になって会いに来られては最悪だからだ。僕は幽霊が嫌いだし、ザルマタが嫌いだからだ。
 ザルマタの死因は自殺であった。遺書はなかったが、彼は以前から精神病だとかなんだとかということで、それは妥当なことだと警察に処理されたのであった。
 ――精神病?
 僕はそんなもの信じなかった。人間というものの中身に何が詰まっているのかといえばきっと明るい希望の光りだけなのだ。だから恐怖するし、不安になる。希望の光りが奪われそうで。でも実際僕という人間の希望を奪うのは肉体的な痛みのみである。それは彼も同じことであるはずだ。だから精神? それが傷つくことなどない。
 しかし、ここにきて希望とはなんなのであろうとも思う僕もいる。そして、何が怖いのだろうか。僕は考えはじめると、いつも最後にはその疑問の壁にぶつかるんだ。

 その点、幼馴染のマキは死ぬのを怖がっているみたいだ。彼女はまだ十六歳なのに。へんに賢くなったせいでそのぶん生きにくくなることがあるのだと僕の先生は言っていたのだけれど、たしかに彼女はよく勉強ができた。僕よりひとつ学年が下のくせにもう微積分も理解している。
 マキはザルマタの死について、おもしろいことを言っていた。
「死んでしまえば、もう苦しまないですむ」と。そのとおりだ。肉体的苦痛から開放されたあとの魂に、もう恐怖すべきものなどなにもないのだ。
 それならなぜ僕は生きているのであろうかと、生を選択しているのであろうかと考えたけれど、それは肉体的快楽をより感じるためだと悟った。恐怖さえなければ、この世は住み心地がいい。

 ザルマタが死んだ日、僕はザルマタの家にいた。僕は新聞配達のアルバイトをしていて、ちょうどその時ザルマタの家に夕刊を届けに行ったら、彼の母親に茶を勧められたのである。それで僕は居間のソファに腰を下ろして、彼の母親が二階に彼を呼びに行くのを待っていた。するとしばらくして母親が血相をかえて降りてきた。ザルマタが首をつっていたのだという。
 彼女がどこかに電話している間に僕が二階に上がっていって見ると、彼はネクタイをドアノブのところに引っ掛けているようであった。あわれなザルマタ。
 そのまま彼は死んだ。
 
 ザルマタが僕に会いにきたのは、彼の葬儀が終わってずっと後のことであった。僕は学年がひとつ上がって高校三年生で、マキは高校二年生。彼女は不登校になっていた。
 僕はそう、学校の近くのコンビニでコカコーラを買って飲んでいた。アイツはその前をふわふわと飛んで、通り過ぎていったのだ。それで僕はコーラをふきだして、となりでパピコを咥えていた二人組みの女子高生におもっきしかかった。彼女たちにあやまった後に辺りを見渡してみたけどザルマタの姿はもう見えなかった。やはりやつは僕を脅かすつもりナノダ。僕はコーラを投げ飛ばしてそそくさと走り去った。
 
 幽霊のことを話すと、マキはおかしそうに笑った。先生はウンウンいってちゃんと聞いてくれたのに、マキは僕の話を聴いてくれない。というか、その頃のマキは幽霊のことでなくてもぜんぜん僕の話を聞いてくれなかった。部屋にこもって、食事もろくにとらないというのだ。笑い声はよく聴こえたが……。
 そのころのマキは兄のヤスと二人で暮らしていた。小さい頃に両親が離婚して、しかも二人とも子供に愛情なんて持っていなくて、彼らは捨てられたのであった。ヤスはマキの放心にうんざりして、あるとき言った。
「あいつは俺の苦労なんてまったく気にしてねえんだ」
 数ヵ月後、ヤスは家を出て行った。マキを心配した僕の母はマキを家に居候させ、僕の部屋はマキに乗っ取られた。そんなわけで、今僕はこんな庭はずれのプレハブで生活しているわけだ。
とんだとばっちりだよ。

 ほら、ここから僕の部屋が見える。気がついた? 一日中、電気がついてないんだ。マキのヤツ、僕の部屋に鍵をかけて、がりがりにやせ細ったままあそこで朝から晩まで寝ていやがるのさ。
 ここは蚊が多く入ってくる。そのせいで、毎朝寝覚めは悪い。見てくれ、この背中を、この腕を。ぶつぶつぶつぶつ。恐怖だ。

******

 マキのことについて、もっと知りたいだろう。僕は知っている。君はマキのことが好きなんだろう? それでマキを心配して、マキがここにいると知ってやってきたのだ。隠すことはない。
 だが、肉体的なことを率直にいうと、彼女はとても健全だといえない。目を向けるべきはほかにあるだろう。
 
 マキとは昔はよく遊んだ。ザルマタともだ。僕たちは幼馴染で、マキだけ一つ年下で、僕とザルマタは彼女を妹みたいに思って可愛がった。ザルマタが先頭で、マキが真ん中。そして僕が一番後ろ。三人は列になって、よく街外れの森で冒険して遊んだ。
 君はあの森に行ったことがあるのかな。あの森はずっと奥にすすんでいくと貯水池と電圧を管理する寂れた施設があって、その少し開けた土地はやけに風情があって僕は好きだ。池にはおたまじゃくしがたくさん泳いでいた。うじゃうじゃうじゃうじゃ。僕たちはそこで細い竹とハリガネをつかって釣竿を作り、釣りをして遊んだ。
 そんで、人が釣れたのだ。正確には人の手がね。

 もう時効になった連続殺人事件があって、その被害者の一人が貯水池の底から浚われた。そのときからマキは死にたいして興味を持ちはじめ、そして恐怖を知った。知るとはどういうことであろう。君はどう思うね?
 暑いせいか、なかなか考えがまとまらなくなってきたな。蚊取り線香も残りがないし、ちょっとコンビニにでも行こうかね?

 マキの特技はけん玉だ。苦手なものはピーマン。それ以外に彼女の特徴なんてなにがあるだろう。彼女は彼女たるためになんの意義も持ち合わせていないように思う。だから僕は彼女が好きだ。人としてね。
 あと、彼女は日記をつけていたらしい。僕たちの冒険についてだ。

 あの森にはほかにも面白い場所がある。貯水池からさらに奥の方に進んでいって、起伏の激しい崖みたいな斜面を下ってゆく。それから落葉と潅木で足場の見えない道をひたすら歩いてゆくと、子供の背丈ぐらいの大きさの穴がある。洞窟だ。僕たちはそこを改装して、秘密基地を作った。
 ザルマタは蝋燭を持ってきた。マキはライターを。そして僕は父の愛蔵する絵本を持って、そこに集った。ならした地面に蝋燭を立てて、円陣を作った。それから三人で三角形の頂点を示すような形で座って祈りの呪文を唱えた。
 それはいつか見た深夜放送のオカルト映画を真似したものだった。僕たちは毎日それを続けた。マキは永遠に歳をとらないように祈った。ザルマタはゲームソフトが欲しいと。僕は、痛いのは嫌だと。
 でも、それもそう長くは続かなかった。殺人事件のことで無名のジャーナリストが森を訪れて、僕たちの儀式も覗かれたんだ。彼は僕たちの儀式を暴き、それで僕たちは先生の世話にかかることになった。

 僕たちのことが、この本に描かれている。そのジャーナリストが書いたのだ。事件についてのノンフィクション小説。その中にすこしだけ、僕たちの儀式について描かれている。
 そのせいで僕たちにはほかに友達ができなかった。僕たちはただ、映画の真似をしたごっこ遊びをしていただけなのに。それが世間一般には恐ろしいことであったらしい。それになにより、人目を忍ばなければならない。狭い街だからね、悪評が吹聴されて、だれもかれもが僕たちのことを知っている気になっている。
 僕にもマキにもザルマタにも君にも言えることだが、僕らは誰だって唯一無二で、他人のことなんてわからないのだ。僕にはマキの恐怖の理由がわからないし、ザルマタが死んだ理由もわからない。殺人をする人間の気持ちもわからないし、殺された人間の気持ちもわからない。今、君の考えていることももちろんだがわからない。

 こんなところにいたくない? ああ、マキのようすを見に行きたいのか。
 それじゃあ行こう。きっと眠っているだろうけど。

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【2014/07/02 01:24 】 | 小説 | 有り難いご意見(0)
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